井原鉄道の夢やすらぎ号とアート列車に乗車

備前国一宮・吉備津彦神社、備中国一宮・吉備津神社と巡って、次は備後国一宮・吉備津神社へ向かいます。

同社は広島県福山市にあるのですが、最寄駅はJR福塩線の新市駅なので、総社駅から福塩線・神辺駅までを結ぶ井原鉄道を利用しました。ちなみに井原の読み方は「いはら」ではなく、「いばら」です。

JR限定の青春18きっぷだったら、総社から伯備線で倉敷、倉敷から山陽線で福山、福山から福塩線というルートで行ったと思いますが、今回のsetowa岡山ワイドパスは井原鉄道も利用対象に入っているのです。

実は総社から神辺へ向かう前、朝早くに一度井原鉄道を利用していました。

事前に井原鉄道のことを調べていると、夢やすらぎ号とアート列車という特別車両があることを知ります。これらの車両が使用される運行スケジュールは井原鉄道のウェブサイトで直前に発表されます。最初は丁度スケジュールが合えばくらいに思っていましたが、せっかくの機会なので多少無理してでも乗ってみるかと思うようになりました。

岡山駅から吉備津彦神社のある備前一宮駅まではJR吉備線(桃太郎線)で一本なのですが、敢えてJR伯備線で清音駅まで行き、ここで井原鉄道に乗り換え、総社駅まで一駅だけ利用、総社から吉備線で備前一宮というルートで行きました。清音・総社間はJR西日本と井原鉄道が共有している重複区間です。

JR清音駅西口。

JR駅の向かって右側に井原鉄道・清音駅の入口があります。

清音駅の構内図。3番線はJR伯備線下り線用、1・2番線の1面2線は南側(倉敷側)を井原鉄道、北側(総社側)をJRが利用していますが、1番線がJR伯備線上りと井原鉄道の一部の下り、2番線を井原鉄道上下線と使い分けされています。

井原鉄道の改札口。

その先にJRの連絡用改札があります。ちょうど1番線を特急やくもが通過して行きました。

清音駅には7:01に到着、タイミング良く7:06発の井原鉄道上り・総社行きがあるのですが、これは通常車両なのでパス。

この日は次の7:31発総社行きがアート列車で運行されていました。

車内は窓カーテンとその上部が倉敷・大原美術館に所蔵されている国内外の名画(のプリント)43点で埋め尽くされたラッピング車両となっています。使用されている名画の作者・作品名・制作年の一覧を記載した紙が車内に置いてありました。

数人の乗客がいましたが、画像撮影して浮かれているのは私だけです。

2両編成でしたが、後方の車両は通常車両でした。このアート列車はクラウドファンディングで実現したものです。現在井原鉄道が所有する車両は全12両で、10両が通常車両、1両が夢やすらぎ号、1両がアート列車になっています。

総社から矢掛までは通常車両でした。井原鉄道の車両は全てIRT355形気動車という新潟鐵工所製。

IRT355形でも全席転換クロスシートの100番台の車両でした。

転換クロスシートなので快適ですね。

矢掛宿を見学後、神辺駅へ向かいます。

固定クロスシート+ドア付近はロングシートのセミクロスシート、IRT355形の基本番台です。固定クロスシートでボックス席となっていますが、乗客もまばらで空いているし、車窓の田園風景を眺めていると気持ち良いです。

途中井原駅で上り列車の待ち合わせもあり10分ほど停車。倉敷・児島はジーンズが有名ですが、井原はジーンズの生地であるデニムの街。児島のジーンズストリートに対し、井原にはデニムストリートがあるようです。それと高校駅伝の強豪・興譲館高校も井原市なんですね。井原と言えば、お笑い芸人・千鳥のノブの出身地くらいしかイメージがありませんでした。

停車中に総社で買ったパンの残りを食べていると車掌が近寄って来ます。パンを食べていることを注意されるのかと思ったら、「鉄道お好きなんですか?」と声を掛けられました。鉄オタというわけではないですが、「はい」と答えると、夢やすらぎ号・アート列車のパンフとシールを頂きました。

最後の乗車は備後国一宮・吉備津神社を参拝後、この日は夢やすらぎ号で運行される神辺18:02発総社行きで清音まで利用します。

夢やすらぎ号は夕焼け小焼けを象徴する茜色の車両です。

天然ムク材を利用した和風の落ち着いた内装、有名な水戸岡鋭治氏の設計・デザインです。水戸岡氏は岡山市吉備津出身なんですね。

車椅子のスペースもあり。

トイレも車いすで利用出来る、バリアフリー対応の車両です。

座席はテーブル付きの4人掛けボックスシートが中心です。

乗客も少なく、神辺から清音までボックスを独占することが出来ました。座席が直角に近いので、座り心地という意味では転換クロスシートの方が良いかもしれません。

清音駅で下車し、JR伯備線でこの日泊まる倉敷へ向かいました。井原鉄道のウェブサイトにある時刻表には連絡するJR伯備線、JR福塩線の簡単な時刻表も掲載されており、乗り継ぎを考慮してダイヤを組んでいるのでしょう。

第3セクター鉄道ということもあり運賃はお高めなので(ざっとJRの1.5倍くらいのイメージ)、setowa岡山ワイドパスでなければ井原鉄道を利用することもなかったと思いますが、今回は良い思い出となりました。

総社駅周辺の地図とホテル

神辺駅周辺の地図とホテル

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ベーカリー トングウで岡山コッペ 岡山・総社駅前

吉備津彦神社、吉備津神社と巡って、次は備後国一宮・吉備津神社へ向かいます。同社は福山市にあるのですが、最寄駅はJR福塩線・新市駅なので、JR吉備線(桃太郎線)で総社駅まで出て、総社駅から神辺駅までは井原鉄道、神辺駅からJR福塩線と乗り継いでいきます。

総社駅で乗り換え時間が18分あったので、ここで昼食用の食料調達です。駅周辺にコンビニは見当たりませんでしたが、ベーカリートングウという地元では有名なパン屋さんがあるのを事前にチェックしていました。

トングウは昭和3年(1928年)創業と90年以上の歴史がある老舗です。

店前にはパンの自動販売機が設置されていますが、私が見たときは商品が入っていませんでした。18時の閉店後に売れ残ったパンを自販機で少し安く販売するようです。

岡山こっぺの商品サンプル。岡山ってコッペパンが有名なんですよね。昨年行ったキムラヤにも驚くほどの種類がありましたし、コッペパン専門店もあります。またコッペパンだけでなく、一世帯当たりのパン購入額が全国1位になっています。

駅から徒歩1~2分なのですが、乗換時間は18分なので余裕はありません。手早くパンを買って、駅に戻ります。

総社駅のホームでまずは岡山コッペ。

「岡山コッペ」シリーズはコッペパンに具材を挟んだもので、トングウでも甘いスイーツ系から惣菜系までかなりの種類がありましたが、私は「タマゴ」を購入。

具の玉子サラダもおいしいですが、なによりコッペパン自体がおいしいのです。今まで他で買ったコッペパンのサンドって、パン自体がおいしいと感じたことはなかったので、「トングウやるな」と思いました。

井原鉄道の車内で食べたチーズバゲットだったかな。

中の具はチーズ、ベーコン、ブラックペッパー。これも具材と共にバゲット自体がおいしいです。

矢掛宿を見学後、再度井原鉄道に乗り神辺駅へ向かう途中、井原駅で待ち合わせ時間がかなりあったので、最後のあんパンを頂きました。事前に調べていたら、トングウの名物に上あん(油パン)という商品があることを知ります。それを買おうと思っていたのですが、間違って普通のあんパンを買ってしまいました。うろ覚えで行って、油パン=餡が入っている=あんパンと勘違いしたのが敗因。

これはこれで美味しかったですけどね。

お値段も下記の通り良心的です。一見コッペパンは安くはないという気がしますが、「岡山コッペ」というブランドを付け、紙袋入りで差別化、あの味とボリュームはそれなりの原料を使って、コストが掛かっているのかもしれません。

岡山コッペ(タマゴ) 230円
チーズバゲット 150円
あんパン 135円

こういうパン屋が家の近所にあったらいいよなと思いました。ところでトングウってどういう意味なんだろうとネットで調べてみると、創業者の姓が頓宮(とんぐう)さん、岡山ではわりとある苗字のようです。

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備中国一宮 吉備津神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

備前国一宮・吉備津彦神社に続いて備中国一宮・吉備津神社へやって来ました。

入口は思っていたよりこじんまりした印象です。

桃太郎のモデルともされる大吉備津彦命が、鬼ノ城に住む鬼のモデルの温羅(うら、おんら)との戦いで射た矢を置いたとされる矢置岩。矢立の神事が行われます。

北随神門に対し、参道の階段は少し斜めに付けられていますね。

北随神門(国指定重要文化財)。

北随神門の先には更に階段があり、授与所の建物を抜けると・・・

目の前に拝殿が現れますので、ここで参拝。主祭神は桃太郎のモデルになったとも言われる大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、大吉備津日子命、吉備津彦命とも)です。吉備津神社のウェブサイトでは吉備津彦命と記載されているので、以下吉備津彦命で統一します。

現在の本殿・拝殿は、足利義満により室町時代の応永32年(1425年)に再建されたもので、国宝に指定されています。国宝と言われると、余計に立派に見えてきますね。

本殿は入母屋造の屋根を前後に2つ並べた「比翼入母屋造」という建築様式、全国唯一の存在で「吉備津造」とも呼ばれます。神道神社の本殿というと、拝殿の後方にこじんまり鎮座しているイメージですが、吉備津神社の本殿は大建築で、京都・八坂神社に次ぐ大きさらしい。

朝方に雨が降り、気温の上昇と共に檜皮葺(ひわだぶき)の屋根からは水蒸気が立ち上っています。

次は南随神門を通って、廻廊を歩いて行きます。

廻廊も吉備津神社を代表する建築物の一つですよね。天正7年(1579年)再建されたもので、一直線に360メートルも伸びています。岡山県指定重要文化財。

この廻廊から枝分かれするように摂社・末社があります。

商売繁盛のご利益があるえびす宮。夷(えびす)と大黒が祀られています。

次の岩山宮は階段が上の方まで続いており、しんどそうなので参拝するのは止めようか一瞬思いましたが・・・

左右にはあじさいがたくさん植えられているのですが、3月半ばですので、季節はまだまだ先です。

岩山宮には吉備国の地主神・建日方別神が祀られています。建日方別(たけひかたわけ)はイザナギ、イザナミの二柱による島生みで誕生した島の一つ、吉備児島を神格化したもの。

階段の中腹には梅林が広がっています。梅はシーズンばっちりです。

吉備津彦命に退治された鬼のモデルである温羅の首を釜の下に埋めたとされる御釜殿。

鳴釜神事という釜の鳴る音(=温羅のうめき声)で占う神事があります。

神社の入口の掲示板に鳴釜神事を行う「阿曽女(あそめ)」が募集されていました。50~60歳位の女性が対象。

大神宮、八幡宮、春日宮の三社宮。

吉備津彦命の父・孝霊天皇を祀る本宮社の他、内宮社(御祭神は吉備津彦命の妃である百田弓矢比売命)、新宮社(御祭神:吉備武彦命)、御崎社。

本宮社のある境内南端から吉備津彦命の墓に治定されている御陵(中山茶臼山古墳)への道が出ているのですが、今回は時間がないので諦めました。

また本殿に戻り、休息を兼ねてしばらく座って眺めた後、一段高くなったところにある一童社にも寄ってみます。一童社は学問の神様・菅原道真公と芸術の神様・天鈿女神(あめのうずめのみこと)が祀られています。

少し高い位置から眺める本殿も風格があります。

廻廊へ続く南随神門。南北どちらの随神門も国指定重要文化財ですが、南随神門は室町時代前期の延文2年(1357年)、北随神門は室町時代後期の天文12年(1543年)に造営されたもの。

最後に授与所でお守りを購入し、清々しい気分でJR吉備線・吉備津駅へ向かいます。

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元宮磐座 八大竜王 天柱岩 吉備の中山をハイキング

吉備津彦神社から吉備津神社までは「吉備の中山みち」という平地の通りを経由して徒歩25分程度で行けますが、私は途中に元宮磐座・八大竜王・天柱岩などの見所がある吉備の中山の山道を歩くことにしました。

吉備津彦神社南側の稲荷神社・温羅神社あたりから登山口が出ています。最初はきれいに整備された遊歩道のようなハイキングコースで、これは楽勝だと思いました。

通常だと足場は悪くないと思いますが、この日は明け方に雨が降ったので、少しぬかるんでいて足が滑ります。

途中には結局急な部分もありました。それでもまだ3月半ばなので、暑い夏場に比べるとかなりマシですね。この坂をランニングで登って行く方もいて、すごいなあ。

なにやら看板と道標が出てきました。

吉備津彦神社から0.9kmか・・・ここまでの所要時間は20分弱。先へ進むと大吉備津彦命の墓に治定されている中山茶臼山古墳(御陵)へ繋がっています。中山茶臼山古墳も行ってみたいのですが、時間が限られているので、吉備津神社の参拝後に時間があればということにします。

私が目指す元宮磐座・天柱岩方面はここからコースが分かれます。

向かって左が中山茶臼山古墳方面で緩やかな・平坦な感じ、向かって右の分岐している元宮磐座方面は明らかに登りって感じですね。

しばらく歩いていると、霧が湧いてきてひんやりした空気に包まれます。

神が降臨?なんとも神々しい景色が現れました。

この辺りは平坦な道でその先は少し下っていたので、頂上付近かと思いきやさもあらず、また少し登りになりました。でも道は整備されていて歩きやすいです。

おっ、何か見えてきましたね。

目指していた元宮磐座です。元宮とは現在の社殿が建てられる以前のお宮の姿だが、この岩に関する資料はなく、吉備津彦神社の元宮として祀りだしたのは平成の時代になってかららしい。

すぐそばには経典を後世に残すために埋めた経塚。

八大竜王(龍神社)、雲を呼び雨を降らせる龍神を祀っています。

龍王山山頂、標高170メートル。さきほどの看板・道標から約10分、吉備津彦神社からは約30分の所要時間でした。

それでは天柱岩を見て、福田海という宗教施設経由で吉備の中山みち(平地の道)に出ようと思います。

山頂からなので、当然ここからは下り坂になります。

天柱岩入口の道標、「急斜面です、ご安全に」と書かれています。

確かに急な下りになっていて、手すり代わりにロープが張られています。この日は明け方に雨が降って足元が滑りやすいので慎重に・・・

と注意していたのですが、ずるっといってしまいました。ロープを掴んでいたので、ずっこけることはなかったのですが、ポケットに入れていたスマホが落下し、数メートル斜面を転がっていきました。ケースに入れていたし、枯れ葉がクッションになって、汚れただけで済みましたけど。

天柱岩が見えてきました。

ここで左の方向に行けば良かったのですが、右の方へ行ってしまい・・・

福田海という宗教施設より少し手前(吉備津神社から遠く、吉備津彦神社に近い)の墓地の脇に下りてきてしました。もう平地の道も見えていたので不安はなかったですけど。途中見学・画像撮影をしながら、吉備津彦神社からここまで1時間弱の所要時間でした。次の目的地である吉備津神社までは6~7分くらい。

途中に少し急なところはありますが、全般的に足元は整備されており、足腰が普通の方であれば気軽に歩けるコースだと思います。また機会があれば、中山茶臼山古墳(御陵)方面へのコースも歩いてみたいです。

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備前国一宮 吉備津彦神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

岡山・広島旅行2日目、今日は桃太郎のモデルになったとも言われる大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、大吉備津日子命、吉備津彦命とも)を祀った神社3社を巡ります。自分としてはこの旅のメインイベントと考えていました。

その3社とは備前国一宮・吉備津彦神社(岡山市)、備中国一宮・吉備津神社(岡山市)、備後国一宮・吉備津神社(福山市)。元々は吉備津神社(岡山市)が吉備国総鎮守でしたが、吉備国が備前・備中・備後に分割された為、他2社に分霊されたもの。知名度的には吉備津神社(備中)>吉備津彦神社(備前)>吉備津神社(備後)でしょうか。

大吉備津彦命は第7代孝霊天皇の皇子で、四道将軍の1人として西道に派遣され、吉備国を平定しました。奈良・箸墓古墳の被葬者と治定される倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと、邪馬台国畿内説論者の一部では卑弥呼ともされる)は姉です。

まずは吉備津彦神社です。JR吉備線(桃太郎線)・備前一宮駅から徒歩4~5分で到着。吉備津彦神社の創建時期は不明ですが、平安時代に大吉備津彦命の住居跡に社殿が創建されたのが起源と考えられています。

鳥居の先は神池を貫くように参道があります。

神池には向かって右側に靏島(鶴島)・靏島神社があります。御祭神は住吉三神と神功皇后。

向かって左手の亀島には亀島神社。

亀島神社には市寸島比売命(イチキシマヒメ、市杵嶋姫命)、仏教で言う弁財天が祀られています。

亀島の先には五色島があり、古代の祭祀場とされる環状列石があるのですが、渡れませんでした。

これが環状列石。

神池を泳ぐ鴨の姿に癒されます。

神池の先には風格のある随神門。元禄10年(1697年)備前岡山藩2代藩主・池田綱政公が造営したもの。岡山市指定重要文化財。

随神門を抜けると左右にある大燈籠、高さ11.5メートルで日本一大きな燈籠らしい。

全国の神社で目にする「さざれ石」。

先ずは拝殿でお参りします。

拝殿の前にある樹齢千年以上とされる平安杉。

向かって右から拝殿、祭文殿、隠れて見えませんが渡殿、一番奥に本殿と一直線に並んでいます。尚、吉備津彦神社の社殿は、昭和5年(1930年)の火事により本殿・宝庫・随神門を除いて焼失し、その後再建されたものです。

現在の本殿は寛文8年(1668年)初代岡山藩主の池田光政公が造営に着手し、子の綱政公の時代の元禄10年(1697年)に完成したもの。岡山県指定重要文化財となっています。

境内にはいくつもの摂社・末社がありますが、向かって左手(南側)、吉備の中山への遊歩道入口付近にある稲荷神社への鳥居。

温羅(うら、おんら)の和魂が祀られている温羅神社。温羅は桃太郎物語で退治された鬼のことで、近くにある鬼ノ城(総社市)に住んでいました。鬼ノ城は古代朝鮮式山城であり、温羅は百済の王子で製鉄技術を持っていたとされています。

ト方神社(うらかたじんじゃ)、輝武命(池田信輝公)と火星照命(池田輝政公)が祀られています。

それでは吉備の中山を経由して備中国一宮・吉備津神社へ向かいましょう。

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ホテルマイステイズ岡山 旅行記・口コミ・評判

津山・倉敷と周って、岡山・広島旅行初日はホテルマイステイズ岡山(Hotel Mystays Okayama)に宿泊しました。

スタンダードダブルという部屋を21時以降チェックインというプランで予約し、料金は1泊税・サ込み、朝食なしの素泊まりで3,240円、これに500円引きのクーポンが付いていて、2,740円という激安料金でした。

ロケーションは路面電車の西川緑道公園駅(岡山駅前から一駅)から徒歩3~4分、岡山駅からも徒歩8分程度です。周辺は繁華街のようで飲食店がたくさんありました。

このホテルは2021年9月にビジネスホテルアネックスからホテルマイステイズ岡山へリブランドオープンしており、外壁などは改修工事中で囲いがされていました。予約サイトに工事の騒音について注意書きはありましたが、私は夜にチェックイン&早朝チェックアウトでしたので全く影響なしでした。

21時以降チェックインのプランに対し、20:40頃到着したのですが、問題なくチェックインさせてくれました。

部屋は904号室。スタンダードダブルは広さが10.5平米~と元々狭い上にベッドがダブルサイズなので、もうベッド以外のスペースがほとんどありません。但し、昨年のリブランドを機に改装されたのかきれいではあります。

ベッドとテレビの掛かっている壁との狭いすき間にラゲッジラックと空気清浄機が置いてあります。

ベッドの上にワンピースタイプのパジャマ。

枕元、サイドキャビネットの側面にライトのスイッチ、非常灯、電源コンセント、USBポートがあります。

反対側には読書灯、電源コンセント、USBポート。

ベッド脇のサイドキャビネット。

ケトル、コップ・カップ、ティーバッグなど。

各種コネクタに対応したスマホ用充電ケーブルも置いてありました。

低いテーブルとイス。部屋が狭いので個人的にはいらないかなあ。

空気清浄機(加湿機能付き)を引っ張り出してきました。シャープ製のビジネスホテルではよく見る機種です。

部屋に入ってすぐにクローゼット。日本のビジネスホテルではあまり置いていないセーフティボックスもあります。

ハンガー、ブラシ、消臭スプレー。

姿見の鏡とスリッパ2種類。

バスルームは典型的なユニットバスでデザイン的にも古さを感じますし、ビジネスホテルではこれが普通かもしれませんが、狭いです。

アメニティグッズはフェース&ハンドソープ、歯ブラシ・歯磨き粉、コップ、ヘアドライヤー。

シャンプー、コンディショナー、ボディソープはDHCブランド。タオル類はバスタオルとフェイスタオルの2サイズあり。

バスタブに浸かってふと横を見ると、トイレの便器の内側のすそ?部分が黒カビだらけだし、洗面台のパネルのつなぎ目も垢・汚れがたまっていて気持ち悪い。上から見える部分だけ掃除しているけど、見えない部分は完全に手抜きしてるなあ。かなり長い間、掃除していないという感じ。

朝食は付いていない素泊まりのプランだったし、朝6時にはチェックアウトしたので食べていませんが、エレベーター内にはこんな案内がありました。メニューは6種類から選べ、料金は800円。時間は6:30~9:30、レストランでもテイクアウトして部屋でも食べられるようです。

館内設備としては2階にランドリールーム(コインランドリー)と喫煙ルームがあります。

コインランドリーは洗濯機・乾燥機が各2台、料金は洗濯機が300円、乾燥機が100円/30分でした。

(参考)岡山 洗濯機・コインランドリーのあるホテル・旅館

ランドリールーム内には電子レンジ、有料チャンネルのチケット販売機、ドリンク類の自動販売機、製氷機も設置されています。

自動販売機はソフトドリンクのみでビール・缶チューハイなどアルコール類はありませんでした。

狭いのは仕方ないとして、バスルームの掃除の甘さが気になりましたが、まあ一晩寝るだけだし、特に期待もしていないので、まあいいかという感想です。岡山駅から徒歩10分以内で立地は悪くなかったし、料金も安かったので、大きな不満はありません。

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カツ丼野村でデミカツ丼 岡山のご当地グルメ

倉敷から今晩泊まる岡山に到着しまして、ホテルのチェックイン前に夕食にしましょう。夕食のレストランはホテルの近くで事前に決めていました。

岡山駅から歩いても10分はかからないと思いますが、朝から歩きっぱなして足もかなり疲れていたし、setowa岡山ワイドパスでタダで乗れるので、1駅分だけ路面電車(岡電)を利用しました。

やって来たのが、カツ丼 野村(味司 野村)です。岡山の名物料理・デミカツ丼発祥の店と言われています。カツ丼自体好きですし、昨年福井でソースカツ丼を食べたので、今度は岡山のドミカツ丼がどんなものか食べてみようと思います。

店前にメニューが出ています。ドミグラスソースカツ丼の他に、全国的には一般的な玉子とじカツ丼もあるんですね。それぞれ並盛りの他に、2/3盛り、1/2盛り、カツ大があります。

店に入ってすぐのところに券売機が置いてありますので、そこで食券を購入します。昼時などは行列が出来る人気店らしいですが、この時20:15過ぎ、閉店の21時までもうそれほど時間がないので半分くらいの客入りです。

私が注文したのは、ドミグラスソースカツ丼の並盛りロース900円(ヒレは1,000円)。カツ丼野村は1931年創業の老舗ですが、開業当初からこのドミカツ丼はあったそうで、岡山のドミカツ丼の元祖となるお店です。

薄めのとんかつの上にドミグラスソースが掛かっていて、グリーンピースをトッピング。下には茹でキャベツが敷いてあります。

期待に胸ふくらませて頂きますと・・・

デミグラスソースが濃厚でちょっとしつこいかなあ。デミグラスソースの味が勝っちゃって、トンカツの旨味があまり感じられないんですよね。

決して不味くはないのですが、敢えてデミグラスソースを掛ける必然性がないというか。岡山県民の方には申し訳ないのですが、話のタネに一度食べれば、次またわざわざ食べようとは思わないかなというのが私の感想です。

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倉敷春宵あかり 幻想的な夜の倉敷美観地区を散策

津山での街歩きを終え、次はJR津山線で岡山へ向かいます。計画では18:23発の快速に乗るつもりでしたが、実際は16:37発の普通列車と2時間弱早くなってしまいました。

年季の入った国鉄時代の車両、キハ47系?キハ40系?

岡山着が18:04、それから晩飯を食べるにしても、ホテルがチェックイン21時以降という安いプランで予約しているので時間を持て余すなあ・・・ということで翌日行く予定にしていた倉敷美観地区を今日のうちに周ることにしました。

倉敷駅から歩いて10分ほど、倉敷中央通りから脇道に入ると、それっぽくなってきました。

奈良萬の小路。

向こうの方は結構人がいて賑わっています。運河(倉敷川)周辺の美観地区の中心エリアですね。

有名な大原美術館。

そして運河沿いに目をやると、ライトアップされた和傘が並んでいます。水面に映る和傘と白壁の町家が美しい。

周りの店舗は大半がもう営業を終了しているのですが、かなりの人出です。

大正ロマンを感じさせてくれる洋風の建物は、倉敷館観光案内所。大正6年(1917年)に倉敷町役場として建てられました。岡山で擬洋風建築と言えば、江川式建築の江川三郎八が有名ですが、この旧倉敷町役場は江川の弟子・小林篤二の設計でした。

窓に動く影絵が。

倉敷館観光案内所の隣は倉敷民藝館、国内外の民芸品を展示する博物館です。建物は江戸時代後期の米蔵を利用しているそうです。

おっと、ここのお店にも影絵がありますよ。影絵芝居のように短いストーリー仕立てになっています。

白壁の蔵と町家が続く、倉敷美観地区の街並み。倉敷市倉敷川畔伝統的建造物群保存地区にもなっています。

後で調べると、この時は「倉敷春宵あかり」というイベントが行われており(3月12~21日)、常にこうした和傘や影絵の展示があるわけではないようです。

裏通りも歩いてみようと運河沿いから離れたところで、倉敷アイビースクエアがあったので入ってみます。ここは明治22年(1889年)に建設された倉敷紡績(現クラボウ)の工場跡地で、現在はホテルを中心とした商業施設になっています。

本町通りを歩いて行きます。

レトロで重厚な雰囲気のルネサンス様式の建物が出てきました。大正11年(1922年)に第一合同銀行倉敷支店として建設され、中国銀行倉敷本町出張所を経て、現在は大原美術館・新児島館として利用されています。

ステンドグラスが洒落ています。

国指定重要文化材の旧大原家住宅、現在は「語らい座・大原本邸」として公開されています。

朝からずっと歩きっぱなしで足がかなり疲れてきました。そろそろホテルへ向かいますか。今回は倉敷に少し寄っただけになりましたが、またいつか昼間にちゃんと散策してみたいです。

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国指定重要文化財 本源寺から寺院だらけの津山・西寺町

作州民芸館を見学後、旧出雲街道から少し外れて本源寺へ向かいます。城西重要伝統的建造物群保存地区の範囲は出雲街道沿いの建物が北限となっていますが、本源寺境内と参道だけ飛び出るように含まれています。

臨済宗妙心寺派の東海山本源寺は興国元年(1340年)足利尊氏により建立された美作国安国寺を起源とします。慶長12年(1607年)津山藩初代藩主・森忠政により現在地に移され、萬松山龍雲寺と改号、更に天和3年(1683年)森忠政の50周忌に本源寺と改称されました。

総門は改修工事中でした。

続いて出てきたのが中門。本柱とその後方の控柱で切妻屋根を支える薬医門形式、江戸前期1600年代の建築とされています。この中門の他、本堂、庫裏、霊屋、霊屋表門の5棟が国指定重要文化財となっています。

1607年に建立された本堂。

本堂の東側にある庫裏は、江戸時代中期・延宝年間(1673~1681年)の建築とされています。

寛永16年(1639年)2代藩主・森長継により森家の墓所である霊屋(たまや)が建立されました。本源寺は森家の菩提寺でもあります。霊屋表門が閉ざされており、中には入れません。

霊屋表門の脇から霊屋を眺めることは出来ました。

本源寺は国指定重要文化財が5棟もありますが、参拝客もおらず、人気のない寺院でした。グーグルマップのクチコミも少ないし・・・

また旧出雲街道に戻ります。商家町の古い町家がたくさん残っていますね。明治31年(1898年)に中国鉄道の岡山・津山(現在の津山口駅)間が開通し、城西地区は津山の玄関口として繁栄しました。

ここにも「津山城下町雛めぐり」のひな人形が飾られています。

更に西へ歩いて行くと西寺町となり、一帯がお寺だらけというより、お寺しかないエリアになります。現在は先ほどの本源寺を含めて13寺ですが、江戸時代には22もの寺院があったそうです。

最初に出てきたのは、赤い山門が目を引く西巌山壽光寺、臨済宗妙心寺派の寺院です。

その隣が真言宗の高室山 浄光院 愛染寺。

鐘楼門及び両脇に付属する仁王堂が一番の見所?岡山県指定重要文化財です。

愛染寺の前にあるのが、広い境内を持つ日蓮宗・長昌山妙法寺です。岡山県指定重要文化財の本殿。

社寺建築ではよく目にする龍?象?鰐?のような木鼻ですが、ネットで検索してみると獏(バク)かなあ?中華圏でよく目にする「螭首」にも似ているような気がします。螭首は字のごとく螭吻の首、インドシナ神話の怪魚・マカラ(摩伽羅)が起源とされていて、火事除け・火伏せの意味があります。

鐘楼は津山市指定重要文化財。

山門から本堂への抜けが素晴らしい空間美です。

妙法寺の隣は立派な楼門がある延寿山 本行寺、こちらも日蓮宗のお寺です。文明年間(1469~1487年)の創建とされ、美作地方における日蓮宗の布教拠点でした。

更に隣の法光山妙勝寺の山門も鐘楼門になっていました。妙法寺、本行寺、妙勝寺と3寺連続で日蓮宗。

多くの寺院が創建は別の場所で、江戸時代に津山藩が成立してから現在地に移転してきた(移転させられた?)ようですね。

寺巡りも疲れたので津山駅へ向かうことにします。当初から西寺町の寺院を制覇しようなんて気持ちはありませんでしたが、後で調べた結果、泰安寺には行っておけば良かったなあと思いました。

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津山市城西 重要伝統的建築物群保存地区 徳守神社 作州民芸館

中島病院旧本館のカフェで一休みした後、城西地区を散策します。こちらも午前中周った城東地区同様に重要伝統的建築物群保存地区に選定されています。

まずは江戸時代の武家屋敷だった旧田淵邸を活用した津山城下町歴史館から。さきほどの中島病院旧本館と同じく重要伝統的建築物群保存地区からは外れています。

母屋は傷みが激しく解体され、新たにガイダンス棟、だんじり展示棟が建てられています。

天保11年(1840年)頃に建設されたと推定される長屋門だけ修復されました。

ガイダンス棟にはだんじり1基が展示されています。

ちょっとした資料コーナー。

ここにも「津山城下町雛めぐり」のひな人形が飾られていました。

裏手のだんじり展示棟にはだんじり6基が展示されていますが、中に入ることは出来ず、ガラス越しに見るだけ。

入場無料なので文句は言えませんが、正直見るべきものはなかったです。

続いて津山総鎮守徳守神社にやって来ました。徳守神社の創建は天平5年(733年)と伝えられています。江戸時代に津山藩へ入封した森忠政公が津山城を築城するに当たり、慶長9年(1604年)に現在地へ移して津山城下の総鎮守としました。ここは重要伝統的建築物群保存地区に含まれます。

正面には拝殿、主祭神は天照皇大神。

本殿は津山を中心に美作地方で多く見られる神社建築様式の中山造り。先に参拝した鶴山八幡宮の本殿(国指定重要文化財)も中山造でしたね。現在の徳守神社の本殿は、幣殿・拝殿と共に二代藩主・森長継により寛文4年(1664年)に改築されたもので、岡山県指定重要文化財となっています。

神輿庫に展示されている神輿は二代目で文化6年(1809年)に造られたもの。総高2.8メートル、重さ約1トンで、その大きさと美麗さから日本三大神輿のひとつと呼ばれることもあるそうです。

徳守神社を後にし、旧出雲街道を西の方へ歩いて行きます。

大正15年(1926年)に建設され、国の登録有形文化財となっている翁橋。アスファルトの下に当時の煉瓦舗装が残っています。

その先に見えてきたのが作州民芸館。大正ロマンを感じさせてくれる洋風の建物で、テンションが上がります。実際は大正ではなく明治の終わり、明治42年(1909年)に旧土居銀行津山支店と建てられ、現在は津山市の所有となっています。

城東地区でも思いましたが、せっかく 重要伝統的建築物群保存地区なのですから、電線・電柱は地中化して欲しいなあ。

入場無料、1階は地元の民芸品・郷土玩具などが展示されています。

2階は会議室がメインで(実際に利用中でした)、他の部屋には「津山城下町雛めぐり」のひな人形が飾られていました。

この作州民芸館(旧土居銀行)の建物について調べていると、建築技師・江川三郎八の設計だったんですね。江川三郎八は故郷の福島と赴任先の岡山で江川式建築と呼ばれる和洋折衷の擬洋風建築をたくさん残しており、昨年行った高梁市の国内最古の木造校舎・旧吹屋小学校も江川の作品とされています。こんなところで繋がってちょっと感動。

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