備中松山城 現存十二天守で最も小さく最も高い所にある天守

ヘロヘロになりながら、備中高梁駅から備中松山城まで歩いてやって来ました。

備中松山城は鎌倉時代以降、4山の総称である臥牛山一帯に築かれた城郭で、そのうち江戸時代に小松山山頂(標高約430m)に築城された近世城郭「小松山城」が一般的に備中松山城と言われるものです。

江戸時代以前の天守が残っている現存12天守の一つであり、その中では唯一の山城です。天守、二重櫓、三の平櫓東土塀が国の重要文化財に指定されています。

ここは大手門跡、迫力ある周りの高い石垣がいかにも敵の侵入を拒むという感じです。

NHK大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像の一部に備中松山城も使われたようです。

大手門跡を抜けると見えてくるのが、重要文化財に指定されている三の平櫓東土塀です。

丸や四角の狭間。丸は鉄砲用、四角は弓矢用。

三の丸から二の丸への石段と石垣。

大きな自然石を利用した野面積の石垣、城内で最も古い石垣だそうです。

二の櫓門付近から高梁市を望む。

広場のような二の丸に到着、天守が見えています。

この石段を上ると料金所があり、本丸へ入れます。入場料は大人500円ですが、私は備中松山城、武家屋敷(旧折井家、旧埴原家)頼久寺庭園の共通券1,000円を購入しました。個別に購入すると500円+500円+400円=1,400円となります。

本丸南御門を抜けるとすぐ目の前に天守。

ここでいいの?勝手口のような所が入口でした。天守は2層2階ですが、この半地下の付櫓から入ります。

石落し。

階段(というか梯子)を上がって1階へ。

色々展示されているうちの一つ、鯱瓦。

武者窓(連子窓)。正方形の角材の角を外に向けて並べ、外からは中が見えづらく、中からは外が広角に見える構造となっています。

向かってくる敵を鉄砲や弓矢で攻撃する狭間。

向かって右下に写っているのは囲炉裏です。

階段で3~4段高くなったところに、籠城時の城主一家の居室である装束の間があります。

解体修理前の天守の写真。天守は昭和14~5年に解体修理されました。

解体修理前の二重櫓の写真。二重櫓は昭和34年の解体修理されました。

階段で2階に上がります。現存十二天守はどこもそうだと思いますが、急階段です。一応手すりはあるので、そこまで怖くはありません。

二階はがら~んとした空間です。

1683年(天和3年)水谷勝宗による大改修が完了した際、城の守護神として3振りの宝剣を安置した御社壇があります。

三振りの宝剣はそれぞれ摩利支天・天照皇大神・阿部品八幡大菩薩、毘沙門天・成田大明神・羽黒大権現、高野大明神・多賀大明神・愛宕大権現を勧請して奉納されました。

宝剣及び拵の現物は高梁市歴史美術館に収蔵されています。

天守からの高梁市街。

五の平櫓、六の平櫓、その間の本丸南御門は1997年(平成9年)に復元されたもの。

五の平櫓にある管理事務所に、猫城主さんじゅーろーがいました。

最後に重要文化財に指定されている二重櫓を下から見学。崖の上に石垣を積んでその上、すごい場所に建っていますね。

備中松山城は現存十二天守では最も小さく、また最も高い場所にある天守です。備中高梁駅から徒歩で来たので、辿り着くまでは大変でしたが、見学するのはあっという間でした。

備中松山城周辺の地図とホテル

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