武家屋敷 旧折井家と旧埴岡家 備中高梁

備中松山城から下りてきて、次は石火矢町にある武家屋敷を見学するのですが、ヘトヘトなので目の前にある駐車場兼休憩所でしばらく休みました。

日本一暑い町というと、熊谷、館林、多治見などが頭に浮かびますが、ここ高梁市も昨年24日連続猛暑日を記録、それまでの日田市の22日連続を26年ぶりに更新した、なかなか暑い町のようです。

公開されている武家屋敷は数十メートルほど離れた旧折井家と旧埴岡家があり、入場料は2館共通で大人500円です。私は備中松山城、武家屋敷、頼久寺庭園の3館共通券(武家屋敷は2館なので、実質4館ですが)1,000円を購入しました。更に高梁市郷土資料館、山田方谷記念館を加えた5館共通券1,500円も販売されています。

先ずは旧折井家から。

長屋門を入ったところに受付があり、管理人のおじさんが簡単に説明してくれます。

旧折井家は天保年間(1831~1845年)に建てられた中級武士の屋敷。備中松山藩では武家の格により1~5番の屋敷が与えられ(いわば官舎・社宅みたいなもの)、旧折井家は二番屋敷。この後に行く、旧埴岡家の方が格上と言っていました。

母屋に入ります。中級武士とはいえ、8畳2間(座敷、居間)、6畳2間(玄関、次の間)、4畳半1間(広敷)、女部屋、台所、物置、土間と結構な部屋数があります。

客人を迎える玄関から。コロナ禍なので人形もマスクしています。

上に見えるのは武具掛けかな?玄関の奥が居間です。

莚敷き八畳の居間。

こちらは床の間がある八畳(+二畳の床)の座敷。

六畳の次の間。

廊下(縁側)。

これは御手洗い(トレイ)だったと思います。

玄関をはさんで次の間の反対側にある広敷と土間。

ここには式台もあり駕籠も展示されていました。

台所と土間。

風呂は母屋とは別の離れになっています。

井戸もあります。

庭がありますが、それほど広くはありません。

母屋とは別に小さな資料館があります。

火縄銃、鎧、甲、陣笠、十手、掛け軸などが展示されていました。

続いて旧埴原(はいばら)家です。こちらも江戸時代後期の建物。先程の折井家が禄高200石前後で二番屋敷だったのに対し、埴原家は120~150石で一番屋敷。これは埴原家が藩主・板倉勝政の生母の実家ということで優遇されたとみられています。

玄関とそれに続く広敷。ピンク色というか薄紅色の壁はベンガラでしょうかね。高梁にはベンガラ(弁柄)の産地でジャパンレッド発祥の地と言われる吹屋地区があり、この後行きます。

本床、違い棚、天袋のある10畳+床2畳の座敷。

付書院にあるこうした形状の窓は火燈窓(花頭窓)というそうです。

座敷からの庭の景観が素晴らしい。

奥座敷。

次の間もベンガラの壁ですね。

居間。

台所は莚敷き。

台所から続く土間には駕籠が展示されています。

母屋の他にこれは蔵でしょうか?

一番屋敷の旧埴原家の方が意匠的には多少豪華ですが、二番屋敷の旧折井家とそこまで差があるかと言えば、広さ(建坪)では10%程度違うだけです。なぜか旧埴原家のみ高梁市指定の重要文化財になっています。

続いて頼久寺に向かいます。

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