頼久寺庭園 国指定名勝 備中高梁

武家屋敷の見学を終え、次の頼久寺へ向かうため、武家屋敷通りを下っていると立派な門が目に入りました。

岡村邸の門と言うようです。明治10年(1877年)に設置された上房郡役所(現在の高梁市本町にあった)の門を大正年間に移設したもの。

映画「男はつらいよ」のロケ場所にもなったようです。

武者屋敷通りから頼久寺通りを歩いてきて、頼久寺に到着しました。なんか立派そう、格式がありそうな雰囲気を醸し出していますね。白壁に石垣とお城跡みたいな印象を受けます。

江戸時代初期、天領となっていた備中松山藩ですが、備中松山城は備中兵乱で荒廃していた為、幕府から備中代官として封じられていた小堀政一はここで政務を執っていたようです。

天柱山安國頼久寺と書かれています。創建は不明ですが、暦応2年(1339年)足利尊氏が再興して安国寺と号し、後の永正年間(1504~1520年)に寺院の整備を進めた備中松山城主・上野頼久の死後、頼久の名を加えて寺号は安国頼久寺となりました。現在はたんに頼久寺と呼ばれています。臨済宗永源寺派の末寺。

芝生の植えられた階段を登って行きますと・・・

立派な山門が現れました。

山門を抜けると、正面に本堂。

左手に薬師堂があります。

鐘楼。

本堂の向かって右手にある庫裡に受付があり、ここから庭園へ入場します。頼久寺庭園の拝観料は大人400円ですが、私は備中松山城武家屋敷、頼久寺庭園の3館共通券1,000円を購入していました。

庫裡から本堂、更に書院と廊下を歩いて行きます。

丸窓(円窓)から眺める景色、空間美に癒されます。

こちらの書院の廊下(縁側)に座ってお庭を眺めることになります。

頼久寺の庭園は、江戸時代初期に備中国代官として封じられ、荒廃した備中松山城の代わりに頼久寺で政務を行っていた小堀政一(小堀遠州)による作とされています。小堀遠州は大名であると共に、茶人、建築家、作庭家、書家でもありました。

緑が眩しいです。

猛暑の中、朝から歩きっぱなしでしたので、ぼぉ~と庭を眺めていると心身ともにリラックス出来ました。もう少しゆっくりしたかったのですが、時間もないので次へ向かいましょう。

頼久寺周辺の地図とホテル

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