石舞台古墳と都塚古墳 蘇我氏の双墓? 奈良・明日香村

飛鳥寺の後、飛鳥坐神社へ行こうと自転車を漕ぎだしたのですが、時間がなさそうなのでやっぱり行くのを止め、石舞台古墳へ向かうことにしました。行っておけば良かったかなと後悔するのは、いつものことです。

また飛鳥寺から石舞台古墳へ向かう途中に亀形石造物と酒船石もあったのですが、こちらもスキップ。時間もないし、お金出してまで見るか?という気持ちでした(酒船石は見学無料ですが)。

石舞台古墳に到着。入場料は大人300円ですが、石舞台古墳・高松塚壁画館・亀形石造物3ヶ所の特別共通券700円を購入しました。この時私は石舞台古墳・高松塚壁画館キトラ古墳壁画体験館「四神の館」の3ヶ所だと勘違いしていたのです。

後で四神の館へ行った際に無料だったので、あれっ?と思って見返すと亀形石造物だと理解しました。さすがにキトラ古墳・高松塚古墳からまた亀形石造物へ戻る気力・体力もなかったので諦めました。最初から分かっていたら、亀形石造物も見学したのに・・・

きれいに整備された公園のようです。

石舞台古墳は7世紀初め頃、一辺約55メートルの方墳として築造されたものの、上部の土が失われ、巨大な横穴式石室が残されています。

石室は玄室と羨道から構成されていて、玄室内部に入ることが出来ます。

石英閃緑岩の巨石が積み上げられています。

その中でも天井石は南側(下記画像の上側)が約77トン、北側(下側)が約64トンあるとされています。

石棺は発見されていませんが、被葬者は蘇我馬子(蘇我入鹿の祖父)説が有力?私は気付かなかったのですが、近くにレプリカの石棺が展示してあったようです。

石舞台古墳を後にして稲渕棚田へ向かう途中、脇道に少し入ったところにある都塚古墳にも寄ってみます。こちらは石舞台古墳と違って、多くの観光客が来るような感じではないですね。

入口は鉄柵で閉鎖されているので、その隙間から玄室内部を撮影します。

こちらには家形石棺が残されていて、被葬者は蘇我稲目とする説があります。蘇我稲目はさきほどの石舞台古墳の被葬者として有力視されている蘇我馬子の父(蘇我入鹿の曽祖父)です。石舞台古墳と都塚古墳は双墓とも言われています。

都塚古墳の復元イメージ図。

のどかな田園風景の中、こんもり盛り上がっただけなので、言われなければ気付かないですね。というか古墳の大半はこんなものなのでしょう。奈良県には古墳がごろごろあるイメージですが、古墳の数が一番多いのは意外にも兵庫県なんですよね。

次は稲渕棚田を目指します。

石舞台古墳周辺の地図とホテル

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