津山市城西 重要伝統的建築物群保存地区 徳守神社 作州民芸館

中島病院旧本館のカフェで一休みした後、城西地区を散策します。こちらも午前中周った城東地区同様に重要伝統的建築物群保存地区に選定されています。

まずは江戸時代の武家屋敷だった旧田淵邸を活用した津山城下町歴史館から。さきほどの中島病院旧本館と同じく重要伝統的建築物群保存地区からは外れています。

母屋は傷みが激しく解体され、新たにガイダンス棟、だんじり展示棟が建てられています。

天保11年(1840年)頃に建設されたと推定される長屋門だけ修復されました。

ガイダンス棟にはだんじり1基が展示されています。

ちょっとした資料コーナー。

ここにも「津山城下町雛めぐり」のひな人形が飾られていました。

裏手のだんじり展示棟にはだんじり6基が展示されていますが、中に入ることは出来ず、ガラス越しに見るだけ。

入場無料なので文句は言えませんが、正直見るべきものはなかったです。

続いて津山総鎮守徳守神社にやって来ました。徳守神社の創建は天平5年(733年)と伝えられています。江戸時代に津山藩へ入封した森忠政公が津山城を築城するに当たり、慶長9年(1604年)に現在地へ移して津山城下の総鎮守としました。ここは重要伝統的建築物群保存地区に含まれます。

正面には拝殿、主祭神は天照皇大神。

本殿は津山を中心に美作地方で多く見られる神社建築様式の中山造り。先に参拝した鶴山八幡宮の本殿(国指定重要文化財)も中山造でしたね。現在の徳守神社の本殿は、幣殿・拝殿と共に二代藩主・森長継により寛文4年(1664年)に改築されたもので、岡山県指定重要文化財となっています。

神輿庫に展示されている神輿は二代目で文化6年(1809年)に造られたもの。総高2.8メートル、重さ約1トンで、その大きさと美麗さから日本三大神輿のひとつと呼ばれることもあるそうです。

徳守神社を後にし、旧出雲街道を西の方へ歩いて行きます。

大正15年(1926年)に建設され、国の登録有形文化財となっている翁橋。アスファルトの下に当時の煉瓦舗装が残っています。

その先に見えてきたのが作州民芸館。大正ロマンを感じさせてくれる洋風の建物で、テンションが上がります。実際は大正ではなく明治の終わり、明治42年(1909年)に旧土居銀行津山支店と建てられ、現在は津山市の所有となっています。

城東地区でも思いましたが、せっかく 重要伝統的建築物群保存地区なのですから、電線・電柱は地中化して欲しいなあ。

入場無料、1階は地元の民芸品・郷土玩具などが展示されています。

2階は会議室がメインで(実際に利用中でした)、他の部屋には「津山城下町雛めぐり」のひな人形が飾られていました。

この作州民芸館(旧土居銀行)の建物について調べていると、建築技師・江川三郎八の設計だったんですね。江川三郎八は故郷の福島と赴任先の岡山で江川式建築と呼ばれる和洋折衷の擬洋風建築をたくさん残しており、昨年行った高梁市の国内最古の木造校舎・旧吹屋小学校も江川の作品とされています。こんなところで繋がってちょっと感動。

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