備中国一宮 吉備津神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

備前国一宮・吉備津彦神社に続いて備中国一宮・吉備津神社へやって来ました。

入口は思っていたよりこじんまりした印象です。

桃太郎のモデルともされる大吉備津彦命が、鬼ノ城に住む鬼のモデルの温羅(うら、おんら)との戦いで射た矢を置いたとされる矢置岩。矢立の神事が行われます。

北随神門に対し、参道の階段は少し斜めに付けられていますね。

北随神門(国指定重要文化財)。

北随神門の先には更に階段があり、授与所の建物を抜けると・・・

目の前に拝殿が現れますので、ここで参拝。主祭神は桃太郎のモデルになったとも言われる大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、大吉備津日子命、吉備津彦命とも)です。吉備津神社のウェブサイトでは吉備津彦命と記載されているので、以下吉備津彦命で統一します。

現在の本殿・拝殿は、足利義満により室町時代の応永32年(1425年)に再建されたもので、国宝に指定されています。国宝と言われると、余計に立派に見えてきますね。

本殿は入母屋造の屋根を前後に2つ並べた「比翼入母屋造」という建築様式、全国唯一の存在で「吉備津造」とも呼ばれます。神道神社の本殿というと、拝殿の後方にこじんまり鎮座しているイメージですが、吉備津神社の本殿は大建築で、京都・八坂神社に次ぐ大きさらしい。

朝方に雨が降り、気温の上昇と共に檜皮葺(ひわだぶき)の屋根からは水蒸気が立ち上っています。

次は南随神門を通って、廻廊を歩いて行きます。

廻廊も吉備津神社を代表する建築物の一つですよね。天正7年(1579年)再建されたもので、一直線に360メートルも伸びています。岡山県指定重要文化財。

この廻廊から枝分かれするように摂社・末社があります。

商売繁盛のご利益があるえびす宮。夷(えびす)と大黒が祀られています。

次の岩山宮は階段が上の方まで続いており、しんどそうなので参拝するのは止めようか一瞬思いましたが・・・

左右にはあじさいがたくさん植えられているのですが、3月半ばですので、季節はまだまだ先です。

岩山宮には吉備国の地主神・建日方別神が祀られています。建日方別(たけひかたわけ)はイザナギ、イザナミの二柱による島生みで誕生した島の一つ、吉備児島を神格化したもの。

階段の中腹には梅林が広がっています。梅はシーズンばっちりです。

吉備津彦命に退治された鬼のモデルである温羅の首を釜の下に埋めたとされる御釜殿。

鳴釜神事という釜の鳴る音(=温羅のうめき声)で占う神事があります。

神社の入口の掲示板に鳴釜神事を行う「阿曽女(あそめ)」が募集されていました。50~60歳位の女性が対象。

大神宮、八幡宮、春日宮の三社宮。

吉備津彦命の父・孝霊天皇を祀る本宮社の他、内宮社(御祭神は吉備津彦命の妃である百田弓矢比売命)、新宮社(御祭神:吉備武彦命)、御崎社。

本宮社のある境内南端から吉備津彦命の墓に治定されている御陵(中山茶臼山古墳)への道が出ているのですが、今回は時間がないので諦めました。

また本殿に戻り、休息を兼ねてしばらく座って眺めた後、一段高くなったところにある一童社にも寄ってみます。一童社は学問の神様・菅原道真公と芸術の神様・天鈿女神(あめのうずめのみこと)が祀られています。

少し高い位置から眺める本殿も風格があります。

廻廊へ続く南随神門。南北どちらの随神門も国指定重要文化財ですが、南随神門は室町時代前期の延文2年(1357年)、北随神門は室町時代後期の天文12年(1543年)に造営されたもの。

最後に授与所でお守りを購入し、清々しい気分でJR吉備線・吉備津駅へ向かいます。

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