福山 素盞嗚神社 スサノオを祀る祇園祭発祥の地

これから備後国一宮・吉備津神社へ行くのですが、最寄駅は福山駅からJR福塩線で約40分の新市駅、福山市とはいえ、もう府中市がすぐそこという場所です。

折角こんなところまで行くのだから、吉備津神社だけでなく他にもどこか見所はないかと探した結果、目を付けたのが素盞嗚神社です。新市駅の一つ手前、上戸手駅のそばにあります。

上戸手駅を出ると石見銀山街道が通っています。

石見銀山街道から脇に入ってすぐ、駅から2分ほどで素盞嗚神社の鳥居が見えてきました。創建は天智天皇年間(673~686年)と伝わる長い歴史のある神社です。

随神門の櫛岩間戸命(くしいわまどのみこと)と豊岩間戸命(とよいわまどのみこと)が外敵の侵入を防ぎ、神を護ります。随神門は随身門、岩間戸は磐間戸、命を神と表記することもあります。

神楽殿。

秋になれば黄金色に色づく大イチョウ。境内は森に囲まれた神秘的な雰囲気というより、明るくて地元の子供の遊び場みたいな感じです。階段もないのでバリアフリー。

拝殿です。

拝殿の後方に幣殿と本殿。

主祭神は素戔男尊(すさのおのみこと、スサノオ、須佐之男命)、配神に素戔男尊の妃・稲田姫命(くしなだひめ)と素戔男尊の子・八王子(やはしらのみこ)。

素戔男尊は荒々しい乱行により天上界から追放されますが、その後出雲国では怪物・ヤマタノオロチを退治しました。スサノオ自身が荒神・厄災であり、厄災のヤマタノオロチを退治した厄災除けの神様でもあります。

仏教の牛頭天王と習合し、牛頭天王・スサノオを信仰するのが祇園信仰。総本山は京都・八坂神社と姫路(播磨国)・廣峯神社がどちらも名乗っていて論議はありますが、ここ素盞嗚神社から廣峯神社、廣峯神社から祇園観慶寺感神院(現在の八坂神社)へ勧請されたという流れのようです。

祇園祭は平安時代に京都で疫病が流行った際、厄災の神(=スサノオ)をなだめるように祈ったのが起源で、博多祇園山笠など全国に同様の祭りがありますが、発祥は京都ではなく、ここ福山・素盞嗚神社という説もあるようです。

天満宮(旧本地堂)。かつては本地堂として聖観世音菩薩を祀っていたが、明治の神仏分離令により菅原道真公を祀る天満宮に転換したもの。牛頭大王の本地仏は観世音菩薩ではなく、薬師如来なのですが。

蘇民神社・疱瘡神社。スサノオに宿を提供して厄災を逃れた蘇民将来を祀る蘇民神社。疱瘡神社は天然痘を意味しますが、御祭神は比比羅木其花麻豆美神。

武塔神(=スサノオ)が出雲国から南海(鞆の浦)へ旅する途中、裕福な弟・巨旦将来は宿泊を断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、巨旦将来一族をはじめ皆殺しにして滅ぼしたが、もてなした蘇民将来の娘には茅の輪を付けて判別し、皆殺しの対象から外したという伝説があります。これが厄除けの「茅の輪くぐり」の原点とされています。

北側の石見銀山街道に面して、かつて同じ新市町にあった相方城の城門が2棟移築されています。こちらは東側にある北門。

北門の外には狛犬が一対。左(向かって右)の狛犬は後ろ足を蹴り上げた逆立ち狛犬(逆さ狛犬)。これって金沢など石川県に多いんですよね。

反対側は上半身が起き上がったプーマのロゴマークみたいな、こちらも変わった姿の狛犬。

西側の中門。

駐車場には備後国一の宮との記載もあります。備後国一宮はこの後に行く吉備津神社が知られていますが、一宮を決める厳格なルールがあるわけではなく、筑前国の筥崎宮と住吉神社など、複数の神社が一宮を名乗っているケースがあります。

完全に「ついで」に寄っただけの素盞嗚神社でしたが、祇園信仰発祥の地というなかなかの由緒がある神社でした。私は今回の旅まで全く知りませんでしたし、全国的にも知られていないですよね。

上戸手駅周辺の地図とホテル

福山 洗濯機・コインランドリーがあるホテル・旅館

福山・鞆の浦 4ベッド・4人部屋のあるホテル・コンドミニアム

福山・鞆の浦 大浴場付きのビジネスホテル・旅館

カテゴリー: 日本, 神社・仏閣・教会・モスク 日本 タグ: , パーマリンク