福山市鞆町重要伝統的建造物群保存地区 江戸時代からの町家・寺社が残る港町

鞆の浦は江戸時代からの伝統的な町家や寺社、石垣等の石造物、港湾施設などが一体となって残る瀬戸内の港町として重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

また鞆の浦はスタジオジブリ作品・宮崎駿監督のアニメ「崖の上のポニョ」の舞台になった町でもあります。ポニョって、瀬戸内海というよりもっと南国の海の話じゃなかったっけ?と一瞬思いましたが、あれはニモか。

先ずは一番見所の多い港周辺から歩いてみましょう。

グーグルマップに「流星ワゴンロケ地(丸忠総業)」と書かれていたので、流星ワゴンが何かも全く知りませんでしたが、とりあえず撮影してみました。ネットで検索すると、下の二つの画像の建物の間に木の門があって、丸忠総業と書かれた表札や郵便受けも残っているようなのですが、そんなのあったかな?

保命酒屋 鞆酒造、明治期の建物です。

その隣には白壁の蔵が続き・・・

太田家住宅の主屋があります。太田家住宅は本邸が主屋を含め9棟、路地をはさんだ向かい側の別邸「朝宗亭」の3棟が国の重要文化財に指定されており、鞆の浦で最も貴重な建物とも言えます。元々江戸時代中期から後期にかけて保命酒の蔵元(保命酒の元祖)である中村家が建設したもので、明治期に太田家が取得したようです。

路地を抜けると港周りに出ました。

坂本龍馬率いる海援隊の乗ったいろは丸が紀州藩の明光丸と衝突して沈没した、いろは丸事件の概要を展示する「いろは丸展示館」。建物も江戸時代末期(1830~1867年)に建設された歴史的建造物で、国の登録有形文化財(建造物)となっています。

階段状になった「雁木」。

鞆の浦のシンボル的な存在の常夜灯(とうろどう=燈籠塔とも)。江戸末期の1859年に造られた灯台です。さきほど行った対潮楼と同じく、この常夜灯もサザエさんのオープニングに登場したことがあるようです。

港から西の方へ歩いて行きますと見えてきたのが、岡本亀太郎本店。ここも鞆の浦ではやたらと出てくる保命酒(薬用酒の一種で、鞆の浦の養命酒?)蔵元です。

重要伝統的建造物群保存地区に指定されているエリアの西端から、一本北側の東西に走る鞆の浦のメインストリートに入ってみます。県道47号鞆松永線の一部です。

ベンガラ(弁柄)の赤がきれいですが、特に歴史的建造物ではなさそうです。

徳永医院の前で唐突に出てきた感のある「鞆城三の丸の石垣」。画像撮影を忘れてしまいましたが、徳永医院は大正ロマンといった感じのレトロな建物でした。

細い通りなのですが、意外と車の通りが多いんですね。

ここらも江戸時代の町家です。

黒壁とベンガラの赤が渋い「澤村船具店」。元禄年間(1688~1704年)創業の老舗です。船具店なんて港町ならではですね。

澤村船具店の対面の町家も江戸時代のもの。

三叉路の手前の平野屋資料館。平野屋は江戸時代から鞆の浦に寄港する商船を相手にしていた問屋さん、建物は明治期のもののようです。

卯建(うだつ)風の装飾の下には、はっきり読み取れないのですが「堅屋」かな。屋号でしょうか?

角にある隣の洋風な建物も「萬履物卸小売商 平野屋」の看板が掲げられていました。

平野屋資料館の向かいにある辻野商店は江戸時代の町家。

三叉路を右に曲がると出てくるのが、江戸時代の町家を改装した御舟宿いろは。幕末、坂本龍馬が談判の場として使用した町家で、しかもホテル・旅館への改装に当たっては宮崎駿監督がデザインしたという。

御船宿いろはの対面にある明治期の町家はリノベーション中でした。

これも明治期の建物。

さきほどの三叉路を今度は左へ向かいます。

福山市重要文化財「鞆の津の商家」という説明書きが建っていた江戸時代末期の町家。

龍馬の隠れ部屋があった 桝屋清右衛門宅。

桝屋清右衛門宅をサイドから。

すぐ先には県道22号福山鞆線と海があり、重要伝統的建造物群保存地区になっているのもこの桝屋清右衛門宅まで。

鞆の浦には観光客目当ての店もあるのですが、あまりギラギラした感じがなく、緩い雰囲気でとても気に入りました。平日で人出が少なかったせいかな?今回はギチギチのスケジュールの中、足早に巡ることになったのですが、次回はもう少しゆっくり出来たら良いなあと思いました。

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