文萌楼と江山楼 かつての夜の街 台北大同区大稲埕

迪化街の阿媽家(AMAミュージアム)を見学した後、ブラブラ散歩してみます。

迪化街周辺の大稲埕と呼ばれるエリアは、艋舺(現在の万華区、龍山寺周辺)と並んで古くから発展したところで、歴史的な建物も多いです。

大稲埕慈聖宮に行こうと涼州街を東に歩いていくと、延平北路との交差点に「平樂天橋」という歩道橋が出てきました。グーグルマップで史跡になっているのですが、何だろう?よく分からないまま、取り敢えず画像撮影しておきます。

後で調べると、1968年に完成した台北?台湾?で現存する一番古い歩道橋らしい。

左右に「永楽」と「太平」と表示されていて、それぞれの側に永楽國小と太平國小という2つの小学校があります。その一文字ずつ取って、「平楽」天橋なんですね。

大稲埕慈聖宮にやって来ました。参道・境内にはたくさんの屋台・食堂が営業しており、お客さんで賑わっております。

正殿の中に入ってみます。

大稲埕慈聖宮は天上聖母(媽祖)を祀る媽祖廟です。

関帝聖君(関羽)。

他に文昌帝君、媽祖の家来である順風耳と千里眼、七爺八爺(謝将軍と范将軍)、虎爺などが祀られています。運命の赤い糸、縁結び・恋愛の神様、月下老人も。

続いて「文萌樓」にやってきました。歸綏街の重慶北路と寧夏路の間にあります。

台湾では日本統治時代の19世紀終わり頃に公娼制度が導入されましたが、文萌樓もその制度下での公娼館つまり公認の娼館・売春宿でした。大稲埕は古くからの繁華街でしたので、艋舺(万華区)の華西街周辺同様に赤線地帯もあったのです。

その後台北市では2001年に公娼制度は廃止されたのですが、売春が非合法・アングラ・地下化すると、犯罪の温床となり、セックスワーカーの立場が更に悪くなるとの反対意見も多く出ていました。

文萌樓は日日春關懷互助協會という公娼制度廃止に反対する団体の拠点となっていましたが、ここを買収した家主が裁判を起こし、日日春は退去させられました。

尚、文萌樓は2006年に直轄市定古蹟(二級古跡)に指定されていますが、建物はかなり傷みが激しいです。

家主は文化遺産として保存する為に330万元(約1,300万円)も費やして購入したわけではないでしょうし、今後どうなるのでしょう。

こちらは同じ歸綏街で、重慶北路から少し西に入ったところにある玉暉大廈というビル。

この土地にはかつて「江山樓」という有名な酒樓、現在でいうところの料亭、芸者(芸妓)のいるお茶屋がありました。

江山樓の他、東薈芳、春風得意樓(春風樓)、蓬萊閣 が大稲埕4大酒家と呼ばれたそうです。

歴史的建造物の多い大稲埕ですが、予習が足りず、うまく周れませんでした。次回は事前に見学箇所・ルートを考えてから散策してみたいと思います。

迪化街周辺の地図とホテル

台北 ウォシュレットがあるホテル・サービスアパート

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