備後国一宮 福山・吉備津神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

大吉備津彦命三社巡りの最後、備後国一宮・吉備津神社に向かいます。地元では「いっきゅうさん(一宮さん)」と呼ばれているようです。

さきほどの素盞嗚神社から歩いて35分、やっと到着しました。坂があるわけではないのですが、朝から歩き通しなのでさすがに足が疲れてきました。

県道26号線をはさんで御池があります。

ここには厳島神社が鎮座していますので、寄ってみましょう。

多紀理毘売命(田心姫命)・市寸島比売命(市杵島姫命)・多岐都比売命(湍津姫命)、いわゆる宗像三女神が祀られています。厳島神社って、総本社で世界遺産・国宝の厳島神社(広島)もそうですが、宗像三女神を祀っていることを初めて知りました。

それでは石鳥居を抜けて、参道を歩いて行きましょう。

福山市指定重要文化財の下随神門。

参道の右手に広い敷地が開けています。駐車場なのでしょうか?

樹齢300年以上と推定されるイチョウの木。

犬・猿・キジを従えた桃太郎像があります。吉備津神社の主祭神である大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、吉備津彦命とも)は桃太郎のモデルとされています。

奥には鎌倉時代のこのあたりの武将・豪族の桜山茲俊を祀った櫻山神社が鎮座しています桜山茲俊は元弘の乱で鎌倉幕府打倒を目指す後醍醐天皇側に付いたが、劣勢となったところで吉備津神社の社殿に放火し、一族共々自害した人物です。放火した人物を祀るのかと思いましたが、長らく神社を尊く崇めており、放火も荒廃した社殿の復興を願ってのことという美談のようです。

それでは本殿に向かいましょう。

石段を登ったところで上随神門。

広島県指定重要文化財の神楽殿。

吉備津神社では本殿の改修工事が行われており、その期間は拝殿を改造して仮本殿としていました。本殿の改修工事終了後は、仮本殿を元の拝殿に戻す工事が行われます。

吉備津神社は平安時代初期の806年創建と伝わっていますが、延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳には記載されておらず、もっと後ではないかとの説もあります。現在の本殿は慶安元年(1648年)に福山藩主・水野勝成が再建したもので、国の重要文化財に指定されています。

こちらが改修工事中の本殿。工事もほぼ終わりという感じですかね。本殿が工事中なのは残念ですが、逆に言えば、滅多に見られない姿と前向きに考えましょう。この翌月には工事を終え、ご神体を仮本殿から戻す遷座祭が行われました。

まぶしいくらい鮮やかな朱色ですが、ネットで以前の画像を見ると、もっと落ち着いた色合いでした。でもこれが再建当時の「鉛丹色」を再現したものだそうで、これから時間の経過とともに落ち着いていくのでしょう。

境内にはいくつか摂社・末社がありますので、見ていきましょう。

本殿前にある公孫樹乳房神。公孫樹=いちょうです。イチョウは気根が乳房状に垂れ下がることがあります。子孫繁栄の御利益があるようです。

稲荷神社と十二神社への参道。

十二支の石像が安置されています。

桃から生まれた桃太郎の像も。

吉備津稲荷神社。

十二神社とはさきほどの十二支のことかと勘違いしていましたが、大吉備津彦命の一族12柱と大名持神(大国主神)が祀られた社殿がありました。

多理比理神社(たりひりじんじゃ)、末社ながら延喜式神名帳に記載されている、いわゆる式内社「備後国品治郡 多理比理神社」の論社とされています。

御井神(木俣神)を祀る真名井神社。

山雷神社(やまいかづちじんじゃ)、雷神を祀っています。

聖徳太子を祀る厩戸皇子神社。聖徳太子を祀る神社ってほとんど見ないし、吉備津神社とどういう関係があるのだろう?ネットで調べると、全国に太子講という大工や桶屋、畳屋などの職人の間で行われる行事があるらしく、聖徳太子は様々な職人の間で信仰の対象となっているようです。

疱瘡神社、疱瘡は天然痘を意味します。御祭神は医薬の神様・少彦名神。製薬会社が集まる大阪・道修町にも少彦名神社(神農さん)がありますね。

十麻里二柱神社(とまりふたはしらじんじゃ)、大吉備津彦命の親族12柱を祀っています。

平日でもあり、また最寄駅からも遠いせいか、備後国一宮なのに参拝客はほぼ皆無、静かに過ごすことが出来ました。

一日で備前国一宮・吉備津彦神社、備中国一宮・吉備津神社、備後国一宮・吉備津神社をコンプリート、前日に続き3万歩超でかなり疲れましたが、達成感でいっぱいです。

新市駅周辺の地図とホテル

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福山 素盞嗚神社 スサノオを祀る祇園祭発祥の地

これから備後国一宮・吉備津神社へ行くのですが、最寄駅は福山駅からJR福塩線で約40分の新市駅、福山市とはいえ、もう府中市がすぐそこという場所です。

折角こんなところまで行くのだから、吉備津神社だけでなく他にもどこか見所はないかと探した結果、目を付けたのが素盞嗚神社です。新市駅の一つ手前、上戸手駅のそばにあります。

上戸手駅を出ると石見銀山街道が通っています。

石見銀山街道から脇に入ってすぐ、駅から2分ほどで素盞嗚神社の鳥居が見えてきました。創建は天智天皇年間(673~686年)と伝わる長い歴史のある神社です。

随神門の櫛岩間戸命(くしいわまどのみこと)と豊岩間戸命(とよいわまどのみこと)が外敵の侵入を防ぎ、神を護ります。随神門は随身門、岩間戸は磐間戸、命を神と表記することもあります。

神楽殿。

秋になれば黄金色に色づく大イチョウ。境内は森に囲まれた神秘的な雰囲気というより、明るくて地元の子供の遊び場みたいな感じです。階段もないのでバリアフリー。

拝殿です。

拝殿の後方に幣殿と本殿。

主祭神は素戔男尊(すさのおのみこと、スサノオ、須佐之男命)、配神に素戔男尊の妃・稲田姫命(くしなだひめ)と素戔男尊の子・八王子(やはしらのみこ)。

素戔男尊は荒々しい乱行により天上界から追放されますが、その後出雲国では怪物・ヤマタノオロチを退治しました。スサノオ自身が荒神・厄災であり、厄災のヤマタノオロチを退治した厄災除けの神様でもあります。

仏教の牛頭天王と習合し、牛頭天王・スサノオを信仰するのが祇園信仰。総本山は京都・八坂神社と姫路(播磨国)・廣峯神社がどちらも名乗っていて論議はありますが、ここ素盞嗚神社から廣峯神社、廣峯神社から祇園観慶寺感神院(現在の八坂神社)へ勧請されたという流れのようです。

祇園祭は平安時代に京都で疫病が流行った際、厄災の神(=スサノオ)をなだめるように祈ったのが起源で、博多祇園山笠など全国に同様の祭りがありますが、発祥は京都ではなく、ここ福山・素盞嗚神社という説もあるようです。

天満宮(旧本地堂)。かつては本地堂として聖観世音菩薩を祀っていたが、明治の神仏分離令により菅原道真公を祀る天満宮に転換したもの。牛頭大王の本地仏は観世音菩薩ではなく、薬師如来なのですが。

蘇民神社・疱瘡神社。スサノオに宿を提供して厄災を逃れた蘇民将来を祀る蘇民神社。疱瘡神社は天然痘を意味しますが、御祭神は比比羅木其花麻豆美神。

武塔神(=スサノオ)が出雲国から南海(鞆の浦)へ旅する途中、裕福な弟・巨旦将来は宿泊を断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、巨旦将来一族をはじめ皆殺しにして滅ぼしたが、もてなした蘇民将来の娘には茅の輪を付けて判別し、皆殺しの対象から外したという伝説があります。これが厄除けの「茅の輪くぐり」の原点とされています。

北側の石見銀山街道に面して、かつて同じ新市町にあった相方城の城門が2棟移築されています。こちらは東側にある北門。

北門の外には狛犬が一対。左(向かって右)の狛犬は後ろ足を蹴り上げた逆立ち狛犬(逆さ狛犬)。これって金沢など石川県に多いんですよね。

反対側は上半身が起き上がったプーマのロゴマークみたいな、こちらも変わった姿の狛犬。

西側の中門。

駐車場には備後国一の宮との記載もあります。備後国一宮はこの後に行く吉備津神社が知られていますが、一宮を決める厳格なルールがあるわけではなく、筑前国の筥崎宮と住吉神社など、複数の神社が一宮を名乗っているケースがあります。

完全に「ついで」に寄っただけの素盞嗚神社でしたが、祇園信仰発祥の地というなかなかの由緒がある神社でした。私は今回の旅まで全く知りませんでしたし、全国的にも知られていないですよね。

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矢掛町矢掛宿 重要伝統的建造物群保存地区

総社駅から井原鉄道に乗ってJR福塩線の神辺駅まで行くのですが、井原鉄道に乗る機会なんて今後もそうそうないと思うので、沿線に観光出来るようなところはないか調べたところ、矢掛町の存在を知ります。

旧山陽道沿いの宿場町として栄え、江戸時代からの古い町並みが残り、令和2年12月に矢掛町矢掛宿として重要伝統的建造物群保存地区に選定されたばかりです。

びっちりスケジュールを入れているので、矢掛駅に12:30着で13:30発までわずか1時間だけですが散策してみようと思います。1時間と言っても、矢掛駅から矢掛宿のあたりまで徒歩約10分掛かるので、見学時間は実質3~40分程度です。

旧山陽道の少し手前にある、やかげ郷土美術館。この日は月曜日で定休日でした。

重要伝統的建造物群保存地区になっている旧山陽道沿いに着き、正面に見えてきた立派なお屋敷は旧矢掛本陣 石井家住宅。本陣とは参勤交代で江戸と国元を行き来する大名をはじめ、公家、幕府役人の宿となった建物のことです。

石井家は大庄屋であり酒造業を営んでいました。主屋は江戸末期の安政期(1855~1860年)から明治にかけて、主屋の西側の屋敷は天保3年(1832年)、裏門・西倉・酒倉などはそれより古い江戸中期の建築で、主屋を含めて11棟が国指定重要文化財となっています。矢掛で一番の見所とも言えますが、こちらも月曜日は定休日。

この旧矢掛本陣 石井家住宅から東へ、旧矢掛脇本陣 高草家住宅あたりまでが矢掛の中心という感じですが、西側にも少し気になる建物があるので寄ってみます。

グーグルマップで目を付けていた洋風の建物なのですが、改修工事なのか足場で囲われていました。矢掛と言えば江戸時代からの町家というイメージですが、所々に洋風建築もあるのです。

この横山精肉店もそうですね。構造自体は木造で、建物の前面だけを西洋風の装飾を施したもので看板建築と言います。大正末期から昭和初期の建物が多いようです。

建築物とは関係ないですが、プラモデルファンには聖地と呼ばれるエラヤ。店内にはものすごい数のプラモデルが並んでおります。

佐藤玉雲堂という和菓子屋さん。矢掛名物「ゆべし」の看板が出ています。同じ岡山県の高梁もゆべし(柚餅子)が名物でした。

プロパン・肥料店などもあります。

中国銀行矢掛支店の隣にあった古そうな門と住宅、詳細不明です。

こちらは魚屋さんです。矢掛にはスーパーマーケットではなく、各商品の専門店が残っています。この旧山陽道沿いの重要伝統的建造物群保存地区にはコンビニもなかったような気がします。

川田商店という精肉店、ここも前面を西洋風にした看板建築ですね。

矢掛ビジターセンター問屋(「とんや」ではなく「といや」)という観光案内所。江戸時代には「因幡屋」という屋号で、宿場から宿場へ公用の貨客を運ぶ馬や人足などの輸送手配を行っていた場所らしい。内部は無料で見学出来るのですが、時間がないので外から眺めるだけ。

すぐ先に旧矢掛脇本陣 高草家住宅。脇本陣は本陣と同じく参勤交代で江戸と国元を行き来する大名、公家、幕府役人の宿ですが、宿泊が重なり本陣が一杯になった場合、本陣の予備的な役割を果たします(基本的に格下の者が脇本陣に泊る)。

両替商を営み庄屋でもあった高草家住宅は江戸後期から明治初期の建物で、主屋をはじめ9棟が国指定重要文化財となっています。土日のみ公開されており、この日はお休み。

蔵みたいな座敷の蔵座敷。明治5年(1872年)の建築。

旧山陽道の一本南側、国道486号線沿いに2021年3月にオープンした「道の駅 山陽道やかげ宿」。モダンな建物ですが、デザインは岡山県出身の工業デザイナー・水戸岡鋭治氏が監修したそうです。井原鉄道の夢やすらぎ号と同じですね。

一般的に道の駅というと、地元産品販売が一つの目玉になりますが、ここは隣接する旧山陽道沿いの商店街を物販・飲食コーナーと位置付けて、館内にはこうした施設を作らなかったそうです。

旧山陽道に戻り、旧矢掛脇本陣 高草家住宅の蔵屋敷の横の大高草小路を通って、矢掛駅の方へ向かいます。

途中にあった太陽美術館。元漫才コンビ「ちゃらんぽらん」で、現在は画家の大西幸仁氏がオープンした美術館。

ほんのわずかな時間でしたし、月曜日で閉まっている施設も多かったですが、散策することが出来て良かったです。矢掛宿自体それほど広い範囲ではないので、所要時間は2~3時間、食事を含めてゆっくり見ても半日あれば充分かなと思いました。

昨年の高梁市吹屋に続き、今回の旅で津山市城東津山市城西倉敷市倉敷川畔、矢掛町矢掛宿と巡り、一気に岡山県に5ヶ所ある重要伝統的建造物群保存地区をコンプリートしました。

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井原鉄道の夢やすらぎ号とアート列車に乗車

備前国一宮・吉備津彦神社、備中国一宮・吉備津神社と巡って、次は備後国一宮・吉備津神社へ向かいます。

同社は広島県福山市にあるのですが、最寄駅はJR福塩線の新市駅なので、総社駅から福塩線・神辺駅までを結ぶ井原鉄道を利用しました。ちなみに井原の読み方は「いはら」ではなく、「いばら」です。

JR限定の青春18きっぷだったら、総社から伯備線で倉敷、倉敷から山陽線で福山、福山から福塩線というルートで行ったと思いますが、今回のsetowa岡山ワイドパスは井原鉄道も利用対象に入っているのです。

実は総社から神辺へ向かう前、朝早くに一度井原鉄道を利用していました。

事前に井原鉄道のことを調べていると、夢やすらぎ号とアート列車という特別車両があることを知ります。これらの車両が使用される運行スケジュールは井原鉄道のウェブサイトで直前に発表されます。最初は丁度スケジュールが合えばくらいに思っていましたが、せっかくの機会なので多少無理してでも乗ってみるかと思うようになりました。

岡山駅から吉備津彦神社のある備前一宮駅まではJR吉備線(桃太郎線)で一本なのですが、敢えてJR伯備線で清音駅まで行き、ここで井原鉄道に乗り換え、総社駅まで一駅だけ利用、総社から吉備線で備前一宮という大回りルートで行きました。清音・総社間はJR西日本と井原鉄道が共有している重複区間です。

JR清音駅西口。

JR駅の向かって右側に井原鉄道・清音駅の入口があります。

清音駅の構内図。3番線はJR伯備線下り線用、1・2番線の1面2線は南側(倉敷側)を井原鉄道、北側(総社側)をJRが利用していますが、1番線がJR伯備線上りと井原鉄道の一部の下り、2番線を井原鉄道上下線と使い分けされています。

井原鉄道の改札口。

その先にJRの連絡用改札があります。ちょうど1番線を特急やくもが通過して行きました。

清音駅には7:01に到着、タイミング良く7:06発の井原鉄道上り・総社行きがあるのですが、これは通常車両なのでパス。

この日は次の7:31発総社行きがアート列車で運行されていました。

車内は窓カーテンとその上部が倉敷・大原美術館に所蔵されている国内外の名画(のプリント)43点で埋め尽くされたラッピング車両となっています。使用されている名画の作者・作品名・制作年の一覧を記載した紙が車内に置いてありました。

数人の乗客がいましたが、画像撮影して浮かれているのは私だけです。

2両編成でしたが、後方の車両は通常車両でした。このアート列車はクラウドファンディングで実現したものです。現在井原鉄道が所有する車両は全12両で、10両が通常車両、1両が夢やすらぎ号、1両がアート列車になっています。

総社から矢掛までは通常車両でした。井原鉄道の車両は全てIRT355形気動車という新潟鐵工所製。

IRT355形でも全席転換クロスシートの100番台の車両でした。

転換クロスシートなので快適ですね。

矢掛宿を見学後、神辺駅へ向かいます。

固定クロスシート+ドア付近はロングシートのセミクロスシート、IRT355形の基本番台です。固定クロスシートでボックス席となっていますが、乗客もまばらで空いているし、車窓の田園風景を眺めていると気持ち良いです。

途中井原駅で上り列車の待ち合わせもあり10分ほど停車。倉敷・児島はジーンズが有名ですが、井原はジーンズの生地であるデニムの街。児島のジーンズストリートに対し、井原にはデニムストリートがあるようです。それと高校駅伝の強豪・興譲館高校も井原市なんですね。井原と言えば、お笑い芸人・千鳥のノブの出身地くらいしかイメージがありませんでした。

停車中に総社で買ったパンの残りを食べていると車掌が近寄って来ます。パンを食べていることを注意されるのかと思ったら、「鉄道お好きなんですか?」と声を掛けられました。鉄オタというわけではないですが、「はい」と答えると、夢やすらぎ号・アート列車のパンフとシールを頂きました。

最後の乗車は備後国一宮・吉備津神社を参拝後、この日は夢やすらぎ号で運行される神辺18:02発総社行きで清音まで利用します。

夢やすらぎ号は夕焼け小焼けを象徴する茜色の車両です。

天然ムク材を利用した和風の落ち着いた内装、有名な水戸岡鋭治氏の設計・デザインです。水戸岡氏は岡山市吉備津出身なんですね。

車椅子のスペースもあり。

トイレも車いすで利用出来る、バリアフリー対応の車両です。

座席はテーブル付きの4人掛けボックスシートが中心です。

乗客も少なく、神辺から清音までボックスを独占することが出来ました。座席が直角に近いので、座り心地という意味では転換クロスシートの方が良いかもしれません。

清音駅で下車し、JR伯備線でこの日泊まる倉敷へ向かいました。井原鉄道のウェブサイトにある時刻表には連絡するJR伯備線、JR福塩線の簡単な時刻表も掲載されており、乗り継ぎを考慮してダイヤを組んでいるのでしょう。

第3セクター鉄道ということもあり運賃はお高めなので(ざっとJRの1.5倍くらいのイメージ)、setowa岡山ワイドパスでなければ井原鉄道を利用することもなかったと思いますが、今回は良い思い出となりました。

総社駅周辺の地図とホテル

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ベーカリー トングウで岡山コッペ 岡山・総社駅前

吉備津彦神社、吉備津神社と巡って、次は備後国一宮・吉備津神社へ向かいます。同社は福山市にあるのですが、最寄駅はJR福塩線・新市駅なので、JR吉備線(桃太郎線)で総社駅まで出て、総社駅から神辺駅までは井原鉄道、神辺駅からJR福塩線と乗り継いでいきます。

総社駅で乗り換え時間が18分あったので、ここで昼食用の食料調達です。駅周辺にコンビニは見当たりませんでしたが、ベーカリートングウという地元では有名なパン屋さんがあるのを事前にチェックしていました。

トングウは昭和3年(1928年)創業と90年以上の歴史がある老舗です。

店前にはパンの自動販売機が設置されていますが、私が見たときは商品が入っていませんでした。18時の閉店後に売れ残ったパンを自販機で少し安く販売するようです。

岡山こっぺの商品サンプル。岡山ってコッペパンが有名なんですよね。昨年行ったキムラヤにも驚くほどの種類がありましたし、コッペパン専門店もあります。またコッペパンだけでなく、一世帯当たりのパン購入額が全国1位になっています。

駅から徒歩1~2分なのですが、乗換時間は18分なので余裕はありません。手早くパンを買って、駅に戻ります。

総社駅のホームでまずは岡山コッペ。

「岡山コッペ」シリーズはコッペパンに具材を挟んだもので、トングウでも甘いスイーツ系から惣菜系までかなりの種類がありましたが、私は「タマゴ」を購入。

具の玉子サラダもおいしいですが、なによりコッペパン自体がおいしいのです。今まで他で買ったコッペパンのサンドって、パン自体がおいしいと感じたことはなかったので、「トングウやるな」と思いました。

井原鉄道の車内で食べたチーズバゲットだったかな。

中の具はチーズ、ベーコン、ブラックペッパー。これも具材と共にバゲット自体がおいしいです。

矢掛宿を見学後、再度井原鉄道に乗り神辺駅へ向かう途中、井原駅で待ち合わせ時間がかなりあったので、最後のあんパンを頂きました。事前に調べていたら、トングウの名物に上あん(油パン)という商品があることを知ります。それを買おうと思っていたのですが、間違って普通のあんパンを買ってしまいました。うろ覚えで行って、油パン=餡が入っている=あんパンと勘違いしたのが敗因。

これはこれで美味しかったですけどね。

お値段も下記の通り良心的です。一見コッペパンは安くはないという気がしますが、「岡山コッペ」というブランドを付け、紙袋入りで差別化、あの味とボリュームはそれなりの原料を使って、コストが掛かっているのかもしれません。

岡山コッペ(タマゴ) 230円
チーズバゲット 150円
あんパン 135円

こういうパン屋が家の近所にあったらいいよなと思いました。ところでトングウってどういう意味なんだろうとネットで調べてみると、創業者の姓が頓宮(とんぐう)さん、岡山ではわりとある苗字のようです。

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備中国一宮 吉備津神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

備前国一宮・吉備津彦神社に続いて備中国一宮・吉備津神社へやって来ました。

入口は思っていたよりこじんまりした印象です。

桃太郎のモデルともされる大吉備津彦命が、鬼ノ城に住む鬼のモデルの温羅(うら、おんら)との戦いで射た矢を置いたとされる矢置岩。矢立の神事が行われます。

北随神門に対し、参道の階段は少し斜めに付けられていますね。

北随神門(国指定重要文化財)。

北随神門の先には更に階段があり、授与所の建物を抜けると・・・

目の前に拝殿が現れますので、ここで参拝。主祭神は桃太郎のモデルになったとも言われる大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、大吉備津日子命、吉備津彦命とも)です。吉備津神社のウェブサイトでは吉備津彦命と記載されているので、以下吉備津彦命で統一します。

現在の本殿・拝殿は、足利義満により室町時代の応永32年(1425年)に再建されたもので、国宝に指定されています。国宝と言われると、余計に立派に見えてきますね。

本殿は入母屋造の屋根を前後に2つ並べた「比翼入母屋造」という建築様式、全国唯一の存在で「吉備津造」とも呼ばれます。神道神社の本殿というと、拝殿の後方にこじんまり鎮座しているイメージですが、吉備津神社の本殿は大建築で、京都・八坂神社に次ぐ大きさらしい。

朝方に雨が降り、気温の上昇と共に檜皮葺(ひわだぶき)の屋根からは水蒸気が立ち上っています。

次は南随神門を通って、廻廊を歩いて行きます。

廻廊も吉備津神社を代表する建築物の一つですよね。天正7年(1579年)再建されたもので、一直線に360メートルも伸びています。岡山県指定重要文化財。

この廻廊から枝分かれするように摂社・末社があります。

商売繁盛のご利益があるえびす宮。夷(えびす)と大黒が祀られています。

次の岩山宮は階段が上の方まで続いており、しんどそうなので参拝するのは止めようか一瞬思いましたが・・・

左右にはあじさいがたくさん植えられているのですが、3月半ばですので、季節はまだまだ先です。

岩山宮には吉備国の地主神・建日方別神が祀られています。建日方別(たけひかたわけ)はイザナギ、イザナミの二柱による島生みで誕生した島の一つ、吉備児島を神格化したもの。

階段の中腹には梅林が広がっています。梅はシーズンばっちりです。

吉備津彦命に退治された鬼のモデルである温羅の首を釜の下に埋めたとされる御釜殿。

鳴釜神事という釜の鳴る音(=温羅のうめき声)で占う神事があります。

神社の入口の掲示板に鳴釜神事を行う「阿曽女(あそめ)」が募集されていました。50~60歳位の女性が対象。

大神宮、八幡宮、春日宮の三社宮。

吉備津彦命の父・孝霊天皇を祀る本宮社の他、内宮社(御祭神は吉備津彦命の妃である百田弓矢比売命)、新宮社(御祭神:吉備武彦命)、御崎社。

本宮社のある境内南端から吉備津彦命の墓に治定されている御陵(中山茶臼山古墳)への道が出ているのですが、今回は時間がないので諦めました。

また本殿に戻り、休息を兼ねてしばらく座って眺めた後、一段高くなったところにある一童社にも寄ってみます。一童社は学問の神様・菅原道真公と芸術の神様・天鈿女神(あめのうずめのみこと)が祀られています。

少し高い位置から眺める本殿も風格があります。

廻廊へ続く南随神門。南北どちらの随神門も国指定重要文化財ですが、南随神門は室町時代前期の延文2年(1357年)、北随神門は室町時代後期の天文12年(1543年)に造営されたもの。

最後に授与所でお守りを購入し、清々しい気分でJR吉備線・吉備津駅へ向かいます。

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元宮磐座 八大竜王 天柱岩 吉備の中山をハイキング

吉備津彦神社から吉備津神社までは「吉備の中山みち」という平地の通りを経由して徒歩25分程度で行けますが、私は途中に元宮磐座・八大竜王・天柱岩などの見所がある吉備の中山の山道を歩くことにしました。

吉備津彦神社南側の稲荷神社・温羅神社あたりから登山口が出ています。最初はきれいに整備された遊歩道のようなハイキングコースで、これは楽勝だと思いました。

通常だと足場は悪くないと思いますが、この日は明け方に雨が降ったので、少しぬかるんでいて足が滑ります。

途中には結局急な部分もありました。それでもまだ3月半ばなので、暑い夏場に比べるとかなりマシですね。この坂をランニングで登って行く方もいて、すごいなあ。

なにやら看板と道標が出てきました。

吉備津彦神社から0.9kmか・・・ここまでの所要時間は20分弱。先へ進むと大吉備津彦命の墓に治定されている中山茶臼山古墳(御陵)へ繋がっています。中山茶臼山古墳も行ってみたいのですが、時間が限られているので、吉備津神社の参拝後に時間があればということにします。

私が目指す元宮磐座・天柱岩方面はここからコースが分かれます。

向かって左が中山茶臼山古墳方面で緩やかな・平坦な感じ、向かって右の分岐している元宮磐座方面は明らかに登りって感じですね。

しばらく歩いていると、霧が湧いてきてひんやりした空気に包まれます。

神が降臨?なんとも神々しい景色が現れました。

この辺りは平坦な道でその先は少し下っていたので、頂上付近かと思いきやさもあらず、また少し登りになりました。でも道は整備されていて歩きやすいです。

おっ、何か見えてきましたね。

目指していた元宮磐座です。元宮とは現在の社殿が建てられる以前のお宮の姿だが、この岩に関する資料はなく、吉備津彦神社の元宮として祀りだしたのは平成の時代になってかららしい。

すぐそばには経典を後世に残すために埋めた経塚。

八大竜王(龍神社)、雲を呼び雨を降らせる龍神を祀っています。

龍王山山頂、標高170メートル。さきほどの看板・道標から約10分、吉備津彦神社からは約30分の所要時間でした。

それでは天柱岩を見て、福田海という宗教施設経由で吉備の中山みち(平地の道)に出ようと思います。

山頂からなので、当然ここからは下り坂になります。

天柱岩入口の道標、「急斜面です、ご安全に」と書かれています。

確かに急な下りになっていて、手すり代わりにロープが張られています。この日は明け方に雨が降って足元が滑りやすいので慎重に・・・

と注意していたのですが、ずるっといってしまいました。ロープを掴んでいたので、ずっこけることはなかったのですが、ポケットに入れていたスマホが落下し、数メートル斜面を転がっていきました。ケースに入れていたし、枯れ葉がクッションになって、汚れただけで済みましたけど。

天柱岩が見えてきました。

ここで左の方向に行けば良かったのですが、右の方へ行ってしまい・・・

福田海という宗教施設より少し手前(吉備津神社から遠く、吉備津彦神社に近い)の墓地の脇に下りてきてしました。もう平地の道も見えていたので不安はなかったですけど。途中見学・画像撮影をしながら、吉備津彦神社からここまで1時間弱の所要時間でした。次の目的地である吉備津神社までは6~7分くらい。

途中に少し急なところはありますが、全般的に足元は整備されており、足腰が普通の方であれば気軽に歩けるコースだと思います。また機会があれば、中山茶臼山古墳(御陵)方面へのコースも歩いてみたいです。

吉備津彦神社周辺の地図とホテル

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備前国一宮 吉備津彦神社 桃太郎のモデル・大吉備津彦命三社巡り

岡山・広島旅行2日目、今日は桃太郎のモデルになったとも言われる大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと、大吉備津日子命、吉備津彦命とも)を祀った神社3社を巡ります。自分としてはこの旅のメインイベントと考えていました。

その3社とは備前国一宮・吉備津彦神社(岡山市)、備中国一宮・吉備津神社(岡山市)備後国一宮・吉備津神社(福山市)。元々は吉備津神社(岡山市)が吉備国総鎮守でしたが、吉備国が備前・備中・備後に分割された為、他2社に分霊されたもの。知名度的には吉備津神社(備中)>吉備津彦神社(備前)>吉備津神社(備後)でしょうか。

大吉備津彦命は第7代孝霊天皇の皇子で、四道将軍の1人として西道に派遣され、吉備国を平定しました。奈良・箸墓古墳の被葬者と治定される倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと、邪馬台国畿内説論者の一部では卑弥呼ともされる)は姉です。

まずは吉備津彦神社です。JR吉備線(桃太郎線)・備前一宮駅から徒歩4~5分で到着。吉備津彦神社の創建時期は不明ですが、平安時代に大吉備津彦命の住居跡に社殿が創建されたのが起源と考えられています。

鳥居の先は神池を貫くように参道があります。

神池には向かって右側に靏島(鶴島)・靏島神社があります。御祭神は住吉三神と神功皇后。

向かって左手の亀島には亀島神社。

亀島神社には市寸島比売命(イチキシマヒメ、市杵嶋姫命)、仏教で言う弁財天が祀られています。

亀島の先には五色島があり、古代の祭祀場とされる環状列石があるのですが、渡れませんでした。

これが環状列石。

神池を泳ぐ鴨の姿に癒されます。

神池の先には風格のある随神門。元禄10年(1697年)備前岡山藩2代藩主・池田綱政公が造営したもの。岡山市指定重要文化財。

随神門を抜けると左右にある大燈籠、高さ11.5メートルで日本一大きな燈籠らしい。

全国の神社で目にする「さざれ石」。

先ずは拝殿でお参りします。

拝殿の前にある樹齢千年以上とされる平安杉。

向かって右から拝殿、祭文殿、隠れて見えませんが渡殿、一番奥に本殿と一直線に並んでいます。尚、吉備津彦神社の社殿は、昭和5年(1930年)の火事により本殿・宝庫・随神門を除いて焼失し、その後再建されたものです。

現在の本殿は寛文8年(1668年)初代岡山藩主の池田光政公が造営に着手し、子の綱政公の時代の元禄10年(1697年)に完成したもの。岡山県指定重要文化財となっています。

境内にはいくつもの摂社・末社がありますが、向かって左手(南側)、吉備の中山への遊歩道入口付近にある稲荷神社への鳥居。

温羅(うら、おんら)の和魂が祀られている温羅神社。温羅は桃太郎物語で退治された鬼のことで、近くにある鬼ノ城(総社市)に住んでいました。鬼ノ城は古代朝鮮式山城であり、温羅は百済の王子で製鉄技術を持っていたとされています。

ト方神社(うらかたじんじゃ)、輝武命(池田信輝公)と火星照命(池田輝政公)が祀られています。

それでは吉備の中山を経由して備中国一宮・吉備津神社へ向かいましょう。

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ホテルマイステイズ岡山 旅行記・口コミ・評判

津山・倉敷と周って、岡山・広島旅行初日はホテルマイステイズ岡山(Hotel Mystays Okayama)に宿泊しました。

スタンダードダブルという部屋を21時以降チェックインというプランで予約し、料金は1泊税・サ込み、朝食なしの素泊まりで3,240円、これに500円引きのクーポンが付いていて、2,740円という激安料金でした。

ロケーションは路面電車の西川緑道公園駅(岡山駅前から一駅)から徒歩3~4分、岡山駅からも徒歩8分程度です。周辺は繁華街のようで飲食店がたくさんありました。

このホテルは2021年9月にビジネスホテルアネックスからホテルマイステイズ岡山へリブランドオープンしており、外壁などは改修工事中で囲いがされていました。予約サイトに工事の騒音について注意書きはありましたが、私は夜にチェックイン&早朝チェックアウトでしたので全く影響なしでした。

21時以降チェックインのプランに対し、20:40頃到着したのですが、問題なくチェックインさせてくれました。

部屋は904号室。スタンダードダブルは広さが10.5平米~と元々狭い上にベッドがダブルサイズなので、もうベッド以外のスペースがほとんどありません。但し、昨年のリブランドを機に改装されたのかきれいではあります。

ベッドとテレビの掛かっている壁との狭いすき間にラゲッジラックと空気清浄機が置いてあります。

ベッドの上にワンピースタイプのパジャマ。

枕元、サイドキャビネットの側面にライトのスイッチ、非常灯、電源コンセント、USBポートがあります。

反対側には読書灯、電源コンセント、USBポート。

ベッド脇のサイドキャビネット。

ケトル、コップ・カップ、ティーバッグなど。

各種コネクタに対応したスマホ用充電ケーブルも置いてありました。

低いテーブルとイス。部屋が狭いので個人的にはいらないかなあ。

空気清浄機(加湿機能付き)を引っ張り出してきました。シャープ製のビジネスホテルではよく見る機種です。

部屋に入ってすぐにクローゼット。日本のビジネスホテルではあまり置いていないセーフティボックスもあります。

ハンガー、ブラシ、消臭スプレー。

姿見の鏡とスリッパ2種類。

バスルームは典型的なユニットバスでデザイン的にも古さを感じますし、ビジネスホテルではこれが普通かもしれませんが、狭いです。

アメニティグッズはフェース&ハンドソープ、歯ブラシ・歯磨き粉、コップ、ヘアドライヤー。

シャンプー、コンディショナー、ボディソープはDHCブランド。タオル類はバスタオルとフェイスタオルの2サイズあり。

バスタブに浸かってふと横を見ると、トイレの便器の内側のすそ?部分が黒カビだらけだし、洗面台のパネルのつなぎ目も垢・汚れがたまっていて気持ち悪い。上から見える部分だけ掃除しているけど、見えない部分は完全に手抜きしてるなあ。かなり長い間、掃除していないという感じ。

朝食は付いていない素泊まりのプランだったし、朝6時にはチェックアウトしたので食べていませんが、エレベーター内にはこんな案内がありました。メニューは6種類から選べ、料金は800円。時間は6:30~9:30、レストランでもテイクアウトして部屋でも食べられるようです。

館内設備としては2階にランドリールーム(コインランドリー)と喫煙ルームがあります。

コインランドリーは洗濯機・乾燥機が各2台、料金は洗濯機が300円、乾燥機が100円/30分でした。

(参考)岡山 洗濯機・コインランドリーのあるホテル・旅館

ランドリールーム内には電子レンジ、有料チャンネルのチケット販売機、ドリンク類の自動販売機、製氷機も設置されています。

自動販売機はソフトドリンクのみでビール・缶チューハイなどアルコール類はありませんでした。

狭いのは仕方ないとして、バスルームの掃除の甘さが気になりましたが、まあ一晩寝るだけだし、特に期待もしていないので、まあいいかという感想です。岡山駅から徒歩10分以内で立地は悪くなかったし、料金も安かったので、大きな不満はありません。

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カツ丼野村でデミカツ丼 岡山のご当地グルメ

倉敷から今晩泊まる岡山に到着しまして、ホテルのチェックイン前に夕食にしましょう。夕食のレストランはホテルの近くで事前に決めていました。

岡山駅から歩いても10分はかからないと思いますが、朝から歩きっぱなして足もかなり疲れていたし、setowa岡山ワイドパスでタダで乗れるので、1駅分だけ路面電車(岡電)を利用しました。

やって来たのが、カツ丼 野村(味司 野村)です。岡山の名物料理・デミカツ丼発祥の店と言われています。カツ丼自体好きですし、昨年福井でソースカツ丼を食べたので、今度は岡山のドミカツ丼がどんなものか食べてみようと思います。

店前にメニューが出ています。ドミグラスソースカツ丼の他に、全国的には一般的な玉子とじカツ丼もあるんですね。それぞれ並盛りの他に、2/3盛り、1/2盛り、カツ大があります。

店に入ってすぐのところに券売機が置いてありますので、そこで食券を購入します。昼時などは行列が出来る人気店らしいですが、この時20:15過ぎ、閉店の21時までもうそれほど時間がないので半分くらいの客入りです。

私が注文したのは、ドミグラスソースカツ丼の並盛りロース900円(ヒレは1,000円)。カツ丼野村は1931年創業の老舗ですが、開業当初からこのドミカツ丼はあったそうで、岡山のドミカツ丼の元祖となるお店です。

薄めのとんかつの上にドミグラスソースが掛かっていて、グリーンピースをトッピング。下には茹でキャベツが敷いてあります。

期待に胸ふくらませて頂きますと・・・

デミグラスソースが濃厚でちょっとしつこいかなあ。デミグラスソースの味が勝っちゃって、トンカツの旨味があまり感じられないんですよね。

決して不味くはないのですが、敢えてデミグラスソースを掛ける必然性がないというか。岡山県民の方には申し訳ないのですが、話のタネに一度食べれば、次またわざわざ食べようとは思わないかなというのが私の感想です。

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